GOJARAPPE DAYS ~つくばの備忘録~

フリーランスライターです。ALL ABOUT ボランティアガイドサイトも担当しています。ブログでは気の向くままに好きなことを書いています

異物混入を100%防げないと、安心できませんかね……

マクドナルドの異物混入事件。正直、こういうニュースは次から次へと「おれも」「わたしも」という事例が出てくるので、あまり追いたくない。”異物”の事例が上書きされていくだけで何の解決にもならず、それどころか、騒ぐだけ騒いで蜘蛛の子を散らすかのように、誰も話題にしなくなるのがいつものことだから。

 

記者会見もチェックしていなかったが、今朝の情報番組で紹介されているのを途中から見ていて、う~ん、このまとめ方、ちょっと違和感……と思った。何が違和感なのかをつらつら考えていて、お客様は神様じゃないのに…という気持ちになった。上げ膳据え膳でいただくだけでいいのか?食の安心・安全は消費者と共に作り上げていくものという視点が欠けすぎじゃない?と、思い至ったので自分メモに。

 

番組を全部見ていたわけじゃないのだけれど、私が引っかかったのはあるタレントさんが言ったこんな言葉。

 

「記者会見で『異物混入を100%なくすことはできない』といってたけど、最初から諦めているようで違うと感じた。100%にしてくれないと安心できない」(ニュアンスね)それを受け、司会者の方が「難しいだろうけれど、100%になるように努力してほしいよね」(これも、ニュアンス)といって話をまとめたという流れ。

 

とてもまともで、常識的なご意見ではある。でも、こういうまとめ方ってたとえば他のニュースでも「今後、真剣な議論に期待したい」的にまとめるのと同じで、つまりは、何も言ってないに等しいんじゃないかな……。だって、誰が議論するの?自分は関係ないの?と思ってしまうのと同じように、企業だけが努力すれば食の安全・安心が本当に保証されるのか?と、問いかけたくなる。要は、誰が食の安全・安心を担うのか?……ってことを考えないといけないのではないだろうか。

 

口に入れるものに、間違いがあったらいけない!というのは、当たり前のことなのだけれど、それでも、異物混入というのはどれだけ努力しても防ぎきれない事故なのだと思う。記者会見で、100%は無理と言ったとしたら(見てないので)、とても正直に本音を言ったのだ。その本音に対して、じゃあ、どうする?がないままじゃ、同じ騒ぎを繰り返すだけではないだろうか?

 

以前、とある生協の仕事で組合員さんと企業の方々が直接対話する場を取材させていただいたことがあった。商品に一家言ある組合員さんたちの言葉は鋭くて、使っている人でないとわからないような意見がたくさん出ていた。それは、もう、企業の方々がたじたじになるくらい。

 

でも、企業の方々は、恐縮しながらも、熱心にメモされていた。「こういう話を聞く機会がなかなかないんですよ」とおっしゃりつつ。質問されたことで実現不可能なことはその場で「こういう理由でそれは難しい」と返し、検討の余地のあることは、「これを社内に持ち帰って検討事項にいたします」と約束していた。さらに「この商品のこんなところが 好きで愛用しています」なんて意見が出ると素直に喜ばれていた。「あまり褒められることがないので」と…。

 

誰だって褒められたらうれしい、不備な点を指摘されれば気を引き締めて、改善できるように努力をする。でも、意見なのか、クレームなのかわからないようなことを一方的に言われ続け、ちょっとでも反論すると「それがあなたたちの仕事」とばかりに努力だけを要求されたら……萎縮してしまうだけじゃないかな……。

 

それは企業も同じだなと思うと、消費者として考えたいのは、防ぎきれない事故に遭遇したとき、どう行動すればいいかということじゃないだろうか。番組では安易にSNSで拡散しない ということにも触れていたけれど、それは最低限のマナーとして本当に大切なこと。その上で冷静に起こったことを企業に報告すればいいし、報告したら、原因がどこにあったか、どう改善されたかまで、しっかり関心を持ち続けることが必要なのではないだろうか。

 

言うは易く行うは難しだけれどね。でも、事故が起きて大騒ぎをしては、あっという間に忘れるを繰り返すほど不毛なことはない。安全・安心を保つのは、企業だけでなく、消費者も担い手であることを、もっと意識すべきなのだろう。いわゆるリスクコミュニケーションを確立できるかどうかが問われているのだと思う。企業にも、消費者にも。